・シリーズを終って
今、刃物シリーズが完成した。筆を執ってから9年、研究を始めてから20年あまり。
実に苦しい年月であった。
経済的には調査の費用などを除いて、出版費だけでも延べ100万円を越すという莫大な
出費。苦労して作った本を売ることはさらにむずかしかった。
しかし、もっと苦しかったのは自分の心の中の闘いであった。私にとってこの20年間は
何であったろうか。自分と同じく悩む人々のためにした仕事であったが、仕事をすれば
するほど赤字で悩み、心なき人々からはとやかく言われた。栄光への道ではなく、もがき、
喘ぐ泥沼の中の20年間であった。
研究に苦労はつきものである。しかし、前に進む研究は苦労といっても、勝ち戦さに似て
ゆとりもあるが、過去のことを纏めて基礎を作るということは、撤退する際の殿(しんがり)
のむずかしさに似て、心理的に比較にならぬ苦労をするものである。風雪に耐えかね、幾度か
重苦しさに押し潰されそうになったが、ともかく今日までもちこたえれたのは私の力ではない。
全国の心温かい人々の絶大な御支援によるもので、いくら感謝してもたりない。あまり
多数の方々なので、紙面の都合上、御名前をあげることは出来ないが、心より御礼を申し
上げるものである。
なお、私を励まし御援助下さった、今は亡き方々の御名前をあげ、謹んで御礼を述べる
とともに御冥福をお祈りするものである。
昭和46年5月
筆者
東京大学 大越諄先生
岐阜大学 武藤幸雄氏 服部武夫先生 五島武夫先生
渡利彦四郎先生 内海保次先生 (物故順)
新潟県三条市 岩崎航介氏
愛知県豊川市 浅野長幸氏
序
刃物シリーズにおいて、いままで出して来た本は刃物に関連したもので、本巻が刃物自体に
ついて記述したものである。
筆者らがそれぞれ20~30年の間、コツコツと蓄え、つくりあげた資料を一冊にまとめようと
始めは考えていた。ところが膨大な頁数になることが判り、自費出版するわれわれにとっても、
熱心な読者にとっても経済的負担が大きくなり、事実上出版は不可能な状態にたち到った。
刃物の研究をワイフ・ワークとして来た者にとって、その成果を多くの人々に利用して
いただけないことは残念ではあるが、翻ってこの刃物シリーズを作った動機を思い起こして
みると、刃物を研究しようとする人の手がかりを作ることにあったはずである。
その精神に立返り、筆をとりなおして書き改めたのが、この本である。深く入りたい方は
文献があげてあるから、それをご覧になられたらよいと思う。
すべての学問は小数の人々よりも多くの人々によって研究された方が、より進歩する
ものである。多くの人々の研究の手がかりになれば幸甚である。紙面の都合上掲載出来な
かった分は他日、刃物別に出版したいと思っている。
こんなわけで、研究面で御協力をいただいた兵庫県小野工芸指導所の職員や岐阜工業高等
専門学校の学生の方々の成果を記載出来なかったことを残念に思う。
また、いろいろの面で御協力下さいました全国の多くの方々に厚く謝意を表するものである。
昭和46年5月
前兵庫県小野工芸指導所長 小林重夫
岐阜工業高等専門学校教官 内田広顕
・目次
1.切味に関する諸因子
1-1.切味に関係する事項
1-2.硬さ
1-2-1.刃物自体の硬さ
1-2-2.時効
1-2-2-1.経日変化
1-2-2-2.湯浸効果
1-2-3.切られる品物の硬さ
1-3.刃先角の大きさ
1-4.尖端の丸み
1-5.刃面の密着と摩擦
2.安全剃刀
2-1.替刃の種類
2-1-1.標準型
2-1-2.差し込み型
2-1-3.巻き取り型
2-2.部分の名称
2-3.替刃の製造方法
2-3-1.材料
2-3-2.打抜き
2-3-3.焼入・焼戻
2-3-4.蝕刻
2-3-5.刃付け
2-3-6.検査
2-3-7.包装
2-4.替刃に関する研究
2-4-1.製造工程に関するもの
2-4-1-1.局部軟化
2-4-1-2.化学研磨
2-4-1-3.電解研磨
2-4-2.完成した替刃に関するもの
2-4-2-1.打抜き模様による替刃の振動
3.電気剃刀
3-1.電気剃刀の種類
3-2.電気剃刀の製造法
3-2-1.往復式電気剃刀の製造方法
3-2-1-1.外刃の製造方法
3-2-1-1-1.材料
3-2-1-1-2.打抜き
3-2-1-1-3.ヘッドの熱処理
3-2-1-1-4.補強材との溶接
3-2-1-1-5.焼戻し
3-2-1-1-6.ヘッドの内面研磨
3-2-1-1-7.メッキ作業
3-2-1-1-8.焼鈍作業
3-2-1-2.内刃の製造方法
3-2-1-2-1.材料
3-2-1-2-2.打抜き
3-2-1-2-3.片面の研磨
3-2-1-2-4.成形と熱処理
3-2-1-2-5.刃の研磨
3-2-1-2-6.メッキ作業と焼鈍作業
3-2-2.回転式電気剃刀の製造方法
3-2-2-1.外刃の製造方法
3-2-2-1-1.材料
3-2-2-1-2.穴あけ
3-2-2-1-3.焼入れ・焼戻し
3-2-2-1-4.仕上げ
3-2-2-2.内刃の製造方法
3-2-2-3.共ずり
3-3.回転式電気剃刀に関する研究
3-3-1.外刃
3-3-1-1.外刃の厚さと孔の形状
3-3-1-2.孔の形状と孔のピッチ
3-3-1-3.外刃の外形
3-3-2.内刃
4.レーザー・日本剃刀
4-1.レーザーの種類
4-1-1.断面の形態別
4-1-2.刀首部の形態別
4-1-3.刀身の長さ別
4-1-4.コンケープによる種別
4-2.レーザー・日本剃刀の各部の名称
4-3.レーザーの製造方法
4-3-1.材料
4-3-2.鍛造
4-3-3.荒研磨
4-3-4.両ぐり
4-3-5.熱処理
4-3-6.仕上研磨
4-3-7.最終仕上
4-3-8.柄つけ
4-4.レーザー・日本剃刀に関する研究
4-4-1.レーザーに関する研究
4-4-1-1.刃先角
4-4-2.日本剃刀に関する研究
4-4-2-1.硬さ
5.鋏
5-1.鋏の種類
5-1-1.繊維関係
5-1-2.理容美容関係
5-1-3.医療関係
5-1-4.果樹園芸華道関係
5-1-5.その他
5-2.鋏の各部の名称
5-2-1.刃先角
5-2-2.そり
5-2-3.ひねり
5-2-4.あき
5-2-5.触点
5-3.鋏の製造方法
5-3-1.ラシャ切鋏の製造工程
5-3-2.握鋏の製造工程
5-3-3.鋏のー製造法
5-4.鋏に関する研究
5-4-1.理容鋏の形態
5-4-1-1.大きさ
5-4-1-2.甲の形状
5-4-1-3.鋏柄
5-4-1-4.中心線
5-4-1-5.鋏身
5-4-1-6.触点
5-4-1-7.ひねり
5-4-2.移動刃鋏
6.包丁
6-1.包丁の種類
6-1-1.和包丁
6-1-2.西洋包丁
6-1-3.欧米で使用される包丁
6-1-4.両刃と片刃
6-2.包丁各部の名称
6-3.包丁の製造工程
6-3-1.炭素鋼製菜切包丁の製造工程
6-3-2.ステンレス鋼製牛刀の製造工程
6-4.包丁に関する研究
6-4-1.炭素鋼とステンレス鋼の複合材
6-4-2.ステンレス鋼の硬さ向上法
6-4-3.柄の大きさ
6-4-4.その他
7.鉋・のみ
7-1.鉋・のみの種類
7-2.鉋・のみ各部の名称
7-3.鉋の製造方法
7-3-1.鍛造・鍛接
7-3-2.焼鈍
7-3-3.焼入
7-3-4.焼戻
7-4.鉋に関する研究
7-4-1.硬さ
7-4-2.角度
8.鋸
8-1.鋸の種類
8-2.鋸各部の名称と構造
8-3.鋸の製造方法
8-3-1.素材
8-3-2.加熱
8-3-3.焼入
8-3-4.焼戻
8-4.鋸に関する研究
9.鎌
9-1.鎌の分類
9-1-1.和洋別
9-1-2.産地別
9-1-3.分布地域別
9-1-4.外観・形態別
9-1-5.特殊来歴別
9-1-6.用途別
9-1-7.使用法別
9-1-8.刃部の形態・構造別
9-1-9.工作法別
9-2.鎌の各部の名称
9-3.鎌の製造工程
9-4.鎌に関する研究
9-4-1.硬さ
9-4-2.切味
9-4-3.実地試験
付録
刃物に関する文献
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- 内田広顕(1963)『毛髪に関する研究』(刃物シリーズNo.2)日本刃物工具新聞社.
- 内田広顕(1970)『刃物に関する諸材料』(刃物シリーズNo.4)日本刃物工具新聞社.
- 内田広顕(1967)『刃物に関する諸測定法』(刃物シリーズNo.6)日本刃物工具新聞社.
- 内田広顕(1967)『刃物の歴史』(刃物シリーズNo.7)日本刃物工具新聞社.
- 桐田一吉・内田広顕(1969)『刃物用解剖学』(刃物シリーズNo.3)日本刃物工具新聞社.